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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)13号 判決 1990年11月26日

東京都中央区日本橋本町四丁目三番五号

上告人

信越ポリマー株式会社

右代表者代表取締役

三宅博治

右訴訟代理人弁護士

荒井鐘司

同 弁理士

山本亮一

海老沢泰治

東京都台東区東上野一丁目一三番一三号

被上告人

興国ゴム工業株式会社

右代表者代表取締役

江野友來

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第一二〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成元年一〇月一七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人荒井鐘司、同山本亮一、同海老沢泰治の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)

(平成二年(行ツ)第一三号 上告人 信越ポリマー株式会社)

上告代理人荒井鐘司、同山本亮一、同海老沢泰治の上告理由

第一点 原判決は第一ないし第三引用例の技術的判断を誤り、経験則を無視し、前記引用例に基づいて当業者が本件発明を容易に発明することができる、としてこれに反する特許庁の審決を取消したものであるから特許法第二九条第二項の解釈適再を誤った法令の違背を免れず、破棄されるべきである。

1.本件発明の構成は

(a)絶縁性ゴム部分とカーボンブラックを分散配合した導電性ゴム部分とを結合一体化してなり、前記導電性ゴム部分が電気的接点として用いられる成形品を製造するに当たり、

(b)絶縁性ゴムあるいは導電性ゴムのいずれか一方の未加硫ゴム材料に有機過酸化物を添加してこれを第一の金型内で加熱加圧して一次成形品となし、

(c)ついで33 Kcal/mol以上の活性化エネルギーを有する有機過酸化物を添加した前記他方の未加硫ゴム材料を前記一次成形品と共に第二の金型中に充填し、加熱加圧して結合一体化させることを特徴とする

(d)絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを有し、導電性ゴム部分が電気的接点として用いられる一体化成形品の製造方法。

を不可欠要件とするものであるが、原判決は右(d)を除く部分について判断し、

a.絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを一体成形すること自体は本件発明の特許出願前周知のことである。

b.本件発明の特徴とする結合一体化方法は、第一引用例記載のプレス加硫方法と差異がない。

c.本件発明は明細書記載の従来方法に代えて他の周知であるゴム同士の接着手段を適用したにすぎず、当業者ならば適宜実施し得る程度のものと認められる。

d.本件発明の奏する効果は、第一引用例記載の接着効果に相応する以上のものとは認められない。

としてその進歩性を否定した。

2.およそ発明の進歩性の判断においては、当該発明の属する技術分野と技術的課題、構成、作用効果の予測性、困難性について考察すべきことが一般的な考え方である(竹田稔編「特許審決等取消訴訟の実務」一九八八年一二月二五日初版発明協会発行第一七一頁ないし第一九六頁)が、原判決は本件発明の属する技術分野と引用例記載の技術分野との差異を看過し、本件発明が奏する効果を無視した判断であるから、特許庁、東京高裁における進歩性判断基準の経験則に違背するものである。

以下原判決の法令および経験則違背ならびに自然法則を無視した事実を具体的に明らかにする。

(イ)技術分野について

本件発明の技術分野は引用例の技術分野と大きく異なっている。すなわち、第一引用例は、ゴムベルト、チューブ、電線用被覆材、タイヤ、自動車窓枠ゴム、スポンジウエザーストリップ等の一般ゴム産業の分野であるのに対し、本件発明は、明細書第一頁第二欄第一〇行ないし第一九行記載のとおり、導電性ゴム部分が電気的接点として使用される各種精密電子機器に関する分野であり、このような一般ゴム産業の分野からは、電子機器分野における技術上の課題とそれを解決するための構成が容易に想到し得るものではない。

即ち、第一引用例のプレス加硫とは、その技術分野からは、第二二頁 表3-9の測定条件にあるとおり、厚さ2mmの加硫ゴムシートに厚さ6mmの未加硫のロール分出しシートを重ね(上告人注、合計8mmになる)、プレス加硫して厚さ7.8mmとするという条件は、ベルトなどのプレス加硫のごとく金型加硫ではなく、高さ7.8mmの枠または定規を用いた枠加硫または定規加硫とみるのが妥当であり、一方甲第九号証は、金型による未加硫ゴムの成形についての一般的な記載にすぎず、これらからは、第一の金型と第二の金型を用いて絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを一体化成形して精緻な電子機器用の部品を製造するという本件発明を容易に推考できるものではないのである。原判決は本件発明と引用例との構成の対比判断においてその技術的思想を的確に把握せず「適宜実施し得る程度のもの」と誤って認定している。

(ロ)構成の予測性について

原判決は、「本件発明は、導電性ゴム部分と絶縁性ゴム部分を一体化させるものであるのに対し、第一引用例には、右技術事項については何ら記載がなく、両者はこの点において相違するものであると認められる。」としながら、第一引用例に記載の接着手段と差異がない等の認定をしている。これは(Ⅰ)絶縁性ゴム材料とカーボンブラックを分散配合した導電性ゴム材料とのパーオキサイド(上告人注、有機過酸化物の意、以下同じ)による加硫挙動に差がなく、(Ⅱ)ゴムの加硫条件と一体化成形条件にも差がなく、(Ⅲ)さらに一体化成形の際に使用するパーオキサイドの活性化エネルギーが33Kcal/mol以上との数値限定にも意味がない場合においては、至極当然である。しかしながら、本件発明は前述の(Ⅰ)ないし(Ⅲ)が全く事実に反することを見出して、これによって従来技術の問題点である接着面での剥離を回避するため寸法精度を犠牲にしても接着剤に頼らなければならなかった課題を解決できたのであるから、かかる認定は絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分という異質のゴム部分を一体化成形するという本件発明の技術的思想を的確に把握しない誤ったものである。

本件発明の構成が予測困難であったことは同一技術分野の後願からも理解できる。すなわち本件発明の出願日から八年以上経過した後願で出願公告された特公昭61-34982、特公昭61-39188、特公平1-50582(末尾添付特許公報ご参照)には本件発明における活性化エネルギーが33Kcal/mol以上の有機過酸化物使用が予測困難であったことを紹介しており、特に特公昭61-39188の明細書第一頁第二欄第二一行ないし第二八行には「ところが本方法(上告人注、本件発明の意)では、導電性シリコーンゴム中に含まれるカーボンブラックが有機過酸化物に対して加硫阻害をひき起こす傾向があるため、使用可能な有機過酸化物は、ジクミルパーオキサイド、ジ-t-ブチルパーオキサイド、2、5-ジメチル-2、5-ジ-(t-ブチルパ-オキシ)ヘキサン等の活性化エネルギーが33Kcal/mol以上の限定されたものである。」として本件発明を評価している。これらから、本件発明の出願後八年以上を経過していてすら、当業者において絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを一体化成形することは一般のゴム部分の一体化成形に比して困難であって解決すべき課題であったことが容易に理解できるのである。しかるに原判決は絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分との一体化技術について何等理由を付することなく出願当時の技術水準を全く考慮せずに、単に「従来の方法に代えて他の周知であるゴム同士の接着手段を適用したにすぎず、当業者ならば適宜実施し得る程度のもの」と誤って判断している。

右のごとき原判決の判断は、第一引用例ないし第三引用例にはかかる絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分との一体化成形についての課題につき解決手段の開示がないにも拘わらず、本件発明の技術的思想を的確に把握しなかった結果である。そのため、原判決には理由齟齬ないし理由不備の違法がある。

さらに以下その理由について論述する。

<1>導電性ゴムのパーオキサイド加硫の困難性について

第一ないし第三引用例にはカーボンブラックを分散配合した導電性ゴムとカーボンブラックを実質的に有しないゴムとの接着については何の記載もない。

一方、判決に引用されなかった第一ないし第三引用例の他の部分には、パーオキサイド加硫におけるカーボンブラックを分散配合したゴム材料の特異性すなわち、カーボンブラック配合のゴムのパーオキサイドによる加硫の困難性が記載されており、このことは種々の文献によりすでによく知られている。第二引用例第八九三頁、第八九四頁には、「酸性カーボンブラックなど酸性の鉱物性充填剤は、ペルオキシド(上告人注、有機過酸化物の意)のイオン分解を導き・・・一方、カーボンブラック表面のフェノール性水酸基の水素原子を引き抜いてラジカルを消失することもある。・・・」の記載があり、そして第三引用例にも第三九三頁第一六行~第一七行に「ジアロイル・パーオキサイドはカーボンブラックを混合した物質には利用出来ない(原告の抄訳)」の記載がある。

このようなカーボンブラック配合の導電性ゴムのパーオキサイド加硫の困難性とカーボンブラックを実質的に有しない絶縁性ゴム材料の加硫の容易性を踏まえ、これをパーオキサイド加硫による両者ゴムの剥離のない一体化という個々の加硫とは別次元の成形技術に応用したことは、出願当時の技術水準を超えた、当業者には想到し得ない技術思想であるといえる。

また、第一引用例には、判決に採用されていない箇所にゴム同士の接着について次のような配合と加硫条件の記載がある。

第二一頁表3-7 硫黄加硫 HAFブラック45、ISAFブラック35 160℃×30分

表3-8 硫黄加硫 SRFブラック70 160℃×30分

第二四頁表3-13パーオキサイド加硫HAFブラック5 160℃×40分、

160℃×30分

第二五頁表3-15 硫黄加硫 FEFブラック130 160℃×20分

第二六頁表3-16 硫黄加硫 FEFブラック100 150℃×12分

第二八頁表3-18 硫黄加硫 FEFブラック100 160℃×30分

硫黄加硫 FEFブラック60 150℃×20分

以上のように、カーボンブラック配合(ゴムの補強剤と思われる)の加硫は総て硫黄加硫である。唯一パーオキサイドの例は、カーボンブラックを僅か5部(ゴムの着色剤と思われる)配合のものがあるが、これは表3-13にあるとおり絶縁体配合であって導電性ゴムではない。ここにおけるカーボンブラック配合量は、特に本件発明のごとく電子機器分野の電気的接点として使用する導電性ゴムにあっては、きわめて重要な意味を有しており、通常三〇部以上の配合でなければ用をなさない。そのため本件公報記載の実施例(第三頁第六欄)でも、シリコーンゴムコンパウンド七〇部にアセチレンブラック三〇部を分散混練したものが用いられている。したがって単にカーボンブラックを着色剤程度配合したにすぎない絶縁体配合のものを本件発明と同一レベルで対比することは甚だ不合理であるといわざるを得ない。第一引用例で用いたパーオキサイドのDi Cup Rの活性化エネルギーが33Kcal/mol以上であったとしても、これは活性化エネルギーとは無関係に、使用するゴムの物性、作業要領、装置の条件などにより必然的に決まる架橋温度に適した分解特性をもつパーオキサイドを選択(第二引用例第八八八頁第末六行、第末五行)したにすぎないのであって、導電性ゴム部分と絶縁性ゴム部分との接着の困難性を解決する方法について何ら触れられておらず、この両者ゴムを個々のゴムの加硫とは別次元の一体化技術に応用することは引用例から予測できるものではない。

<2>導電性ゴム材料と絶縁性ゴムとの一体化成形について

導電性ゴム材料をパーオキサイド加硫で一次成形し、次いで絶縁性ゴム材料にパーオキサイドを配合して、前記加硫済みの導電性ゴム部分と一体化二次成形を行う場合、前述のように絶縁性ゴム材料単独では活性化エネルギーに制限はなく、使用するゴムの物性、作業要領、装置の条件などにより必然的に決まる架橋温度に適した分解特性をもつパーオキサイドを用いることによって加硫されるにもかかわらず、33Kcal/mol以上の活性化エネルギーを有するパーオキサイドを用いなければ、カーボンブラックを分散配合する導電性ゴム部分と絶縁性ゴム部分の接着は充分になされないし、たとえ接着してもスコーチが発生して実用不可である。同様に絶縁性材料を一次成形し、導電性ゴム材料と一体化のための二次成形する場合、この導電性ゴム材料に配合するパーオキサイドの活性化エネルギーは33Kcal/mol以上のものを使用しなければ満足する製品が得られない(本件明細書の実施例の結果表からみても活性化エネルギーがこれ以下では本件発明の効果は得られていない)。以上のとおりであって、従来技術によるパーオキサイドの選択条件では、一体化成形された絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とがしばしば剥離を生じていたため、両者ゴムの接着を完全にするためにやむを得ず接着剤を使用していたのであり、本件発明を採用することによって初めて剥離のない一体化成形が可能となったのである。

本件発明は以上を構成要件とするものであるから、本件発明の構成の予測性は引用例にはない。

<3>パーオキサイドの活性化エネルギーと反応性について

本件発明の絶縁性ゴム部分とカーボンブラックを分散配合した導電性ゴム部分とを一体化成形するときに用いるパーオキサイドの活性化エネルギーが33Kcal/mol以上のものとする点は本件発明の不可欠構成要件であるが、ゴム同士の接着を改善する方法として、第一引用例には「パーオキサイドの高い反応性を利用する」(第一九頁第一三行)、「イオウ加硫系の他、必要に応じて更に高い反応性を有する架橋剤(例えばパーオキサイド)を用いる」(第二一頁第末二行~末行)、「反応性の高いパーオキサイドを用いる」(第二二頁第末四行~第末三行)との記載があるが、活性化エネルギーとの関係については何の記載もない。

しかるに原判決は「本件発明の前記構成は、前記判示したとおり、第一引用例に記載のゴム同士の接着手段と差異がないのであるから、本件発明の右効果は、第一引用例に記載の「加硫ゴムの表面での一次結合は、未加硫ゴムにイオウ加硫系の他、必要に応じて更に高い反応剤(上告人注、反応性の誤記と思われる)を有する架橋剤(例えば、パーオキサイド)を用いることにより得られる(第二一頁第末二行ないし第二二頁第一行)」なる効果である良好な接着に相応する以上のものとは認められない。」(判決第二五頁裏第一行ないし第九行)と判示している。

しかしながら、第一引用例は絶縁性ゴムと導電性ゴムという異質のゴムの接着の例ではない。また、第一引用例では架橋剤に「反応性の高いもの」を用いるとされているが、これは本件発明とは逆の作用を有する架橋剤である。以上から第一引用例と本件発明とは構成及び効果において顕著な差異がある。即ち本件発明は反応性の高いパーオキサイドを用いるのではなく、活性化エネルギーが33Kcal/mol以上の高いものを用いることによって良好な接着という効果が得られるのである。

次に反応性が高いという意味と活性化エネルギーが高いという意味とは異なることを明らかにし、本件発明の進歩性を明確にする。

「更に高い反応性」を有する架橋剤とは、パーオキサイドの特性から、更に低い加硫温度で、かつ短時間に加硫できるものを意味するものであるが、「更に高い反応性」の意味を「イオウ加硫とパーオキサイド加硫との比較において」と解釈して考察すると、第一引用例では<1>で指摘した箇所によっては、ゴムシートの加硫条件は、パーオキサイドの場合160℃×30~40分であり、イオウ加硫の場合は150~160℃×12~30分であって、パーオキサイド加硫とイオウ加硫とにおける加硫条件(温度と時間)の差からはパーオキサイドの方が反応性が高いとはいえない。

次に高い反応性の意味を「パーオキサイドのなかで」と解釈して考察すると、第二引用例の第八八〇頁には半減期の説明が、第八八八頁には加硫条件として半減期の6~7倍の加熱時間が必要なことが記載されており、半減期の温度の低いものほどパーオキサイドの分解性(つまり反応性)の高いことが解る。

一般には半減期一分の温度即ち一分間でパーオキサイドが半分だけ分解するに要する温度が反応性の比較に用いられるのであって、第二引用例第八七三頁ないし第八七九頁に記載の別表1にある分解温度(℃)半減期1minがこれに相当する。ゴム業界ではこの半減期一分の温度は、加硫の温度と時間を選定する一つの指針とされており、この温度の低いものほど加硫温度が低くてもよく、パーオキサイドの反応性が高いといえる。一方、この温度の高低順位と同表記載の活性化エネルギー(Kcal/mol)の大きさの順位とはなんら関係がないのである。

Arrhenius式(この式は、19世紀末にArrheniusにより提出され、現在でも多用される基本式である)によると、活性化エネルギーと反応速度つまり反応性とは次の式で関係しているが、この式から反応速度は、反応時の温度が高いほど、また活性化エネルギーが低いほど、高いことが解る。

k-A exp[-△E/RT]

k 反応速度定数、△E 活性化エネルギー(Kcal/mol)、

T 絶対温度(°k)、A 頻度因子、R 気体定数

即ち、この式は活性化エネルギーが高いほど反応性が低いことを示しているのである。

以上からパーオキサイド同士の比較において、「高い反応性」と「高い活性化エネルギー」とは逆になることが理解でき、本件発明は33Kcal/mol以上の活性化エネルギーを有するパーオキサイドと限定しているのであるから、判決の「更に高い反応性を有する架橋剤を用いることにより得られる効果である良好な接着に相応する以上のものと認められない」との判断は明らかに誤りである。

有機過酸化物配合のゴムを加硫させるためには、外部からエネルギーを加え(例えば加熱して)、有機過酸化物を架橋反応できる程度に活性化させなければならない。この活性化のための最低限のある量のエネルギーは有機過酸化物の活性化エネルギーと称される。絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分を一体化成形するときに用いるパーオキサイドに、当該パーオキサイドを活性化させるためのエネルギーが33Kcal/mol以上のものを用いることによってのみ、剥離のない一体化成形がなされることを見出だし本件発明を完成したのである。

すなわち、発明の構成要件の一つである活性化エネルギーが33Kcal/mol以上という限定は、絶縁性ゴムとカーボンブラックを分散配合した導電性ゴムとを一体化成形するという本件発明での実施例結果に基づいた必要不可欠な条件であって、従来のパーオキサイドの選択指針として用いられる半減期、反応性などを限定したものではない。

以上のとおり、本件発明は更に高い反応性を有する架橋剤を用いることにより得られる効果とは全く異なるのであって、原判決はこの事実を誤認し、更には反応性と活性化エネルギーを混同して自然法則を誤解した判断に基づき、誤って特許法第二九条第二項を適用した判決であり、明らかに法令違背である。一方、第一ないし第三引用例には本件発明の技術的思想はなく当業者において周知事実から適宜実施できる構成ではなく、したがって、本件発明は進歩性があると認定されるべきである。

(ハ)作用効果の予測性について

本件発明は、前記構成を採用したことにより、一次成形品を得る工程と一体化成形品を得る工程の二工程で簡単に目的とする一体化成形品を得ることができ、これによって得られる一体化成形品はその寸法精度が、従来法によるものが精々±0.1mm程度であったのに比して±0.02mmと遙かに優れ、さらに絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分との接合面の接着力も優れた強度が与えられるという作用効果を奏するものである(本件公報第二頁第三欄第三五行ないし第四欄第一四行)。

これに対し、原判決は「本件発明の前記構成は、前記判示したとおり、第一引用例に記載のゴム同士の接着手段と差異がないのであるから、本件発明の右効果は、第一引用例に記載の効果である良好な接着に相応する以上のものとは認められない。

したがって、本件発明の奏する前記効果も格別のものであるといいえず、審決の前記判断は誤りであるといわざるを得ない。」と判示している。

しかしながら、本件発明と第一引用例とは、すでに述べたとおり技術分野を異にしており、第一引用例には絶縁性ゴムと導電性ゴムという異質ゴム同士の一体化成形については何ら開示されておらず、一方パーオキサイドについては本件発明とは逆の意味の「反応性が高いもの」の使用との記載があり、顕著な差異があるから、第一引用例から本件発明の作用効果が予測できないことも明らかである。

従来メカニカルすなわち、金属スプリングを用いた可動接点や金属の凹凸嵌合による固定接点を用いていた電子機器分野において、発明者は絶縁性ゴム部分と導電性ゴム部分とを精緻に一体化成形した可動接点としての押釦スイッチや、固定接点としてのインターコネクターをこの分野にいち早く提供し、これにより電子機器分野で一気にメカニカルからゴム成形品への転換が行われたのである。単に他の周知である一般ゴム同士の接着手段を適用したものであるとして、本件発明の優れた効果を否定した原判決は誤った判断であると言える。

3.以上のことから本件発明の技術的思想およびこれによって導かれた発明の目的、構成および作用効果は、公知技術から予測の域を超えたものであり、産業の発達に寄与する発明であることが明らかである。したがって、本件発明は「ある技術につき一見構成の変更が公知技術から容易である如き感がある場合、当業者はその構成変更によりもたらされる当該技術の作用効果は公知技術以上のものを出でないものと認識し、その構成の変更をあえて発明として特許出願をしないのが通常であると考えられるが、もし右のような構成の変更が公知技術から予測される範囲を超えた顕著な作用効果をもたらすのであれば、それは産業の発達に寄与するものということができるから、最初にそのことに気付き作用効果の顕著性を立証して右の変更に係る構成を発明として特許出願した場合には、公知技術から推考が容易でない発明として進歩性を認め、これを特許するのが相当というべきである。」との東京高裁昭和六三年十二月一三日言渡、昭和六〇年(行ケ)第三五号審決取消請求事件判決に徴しても、特許されるべきである。

かくて、原判決が進歩性判断基準の経験則に違背して審決の判断を取消すべき旨の判決をしたことは判決に影響を及ぼすこと明らかな違法であり、破棄を免れない。

以上

(添付書類省略)

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